むし歯とは

はじめに

むし歯とは一体なんでしょうか?

甘いもの(ショ糖)を食べると、お口の中の常在菌のなかの特定の種類の菌が、甘いものを分解して「酸(蟻酸etc)」を発生します。

この酸[H+]はイオン化傾向の差により歯のカルシウムを溶かす性質があります。この流れで歯が溶けて穴が開いたり軟らかくなって感染してしまったものを一般に「むし歯」と呼びます。

そしてショ糖をを分解する性質のある特定の種類の菌を一般に「むし歯菌」と呼びます。

理論的には左図のように、

◆ 食物
◆ むし歯菌
◆ 時間
◆ 歯そのもの

の4条件が揃ったときにはじめてむし歯になるといわれています。けっして運が悪かったからとか、ばちが当たってむし歯になった、などということはなく、なるべくしてなったと言わざるを得ません。

しかし逆に考えると、これらの4条件が揃わないようにしさえすれば、むし歯の発生を抑えることが可能です。

そこでこの中で落とせない条件(食物、歯)は仕方がないので、落とせる条件(時間、むし歯菌)を落としてむし歯にならない様にしよう、つまり、食べた後に(時間)歯をみがこう(むし歯菌)というのが予防の基本的な考え方です。

通常の食事でもどうしても食後はお口の中が酸性になります。これを長時間放置すると、長く酸にさらされ、歯のカルシウムが傷んでしまいます。

現在は歯みがきは食後すぐ、という考えと、食後30分後、という考えがありますが、いずれにしても、歯をみがくことで除菌し、酸にさらしっぱなしにしないしないことが虫歯予防には重要です。

右図では、食べた後に歯を"しっかり"みがくことで、"時間"と"むし歯菌"という2つのファクターを除去したことにより、むし歯の発生が抑えられている様子を示しています。

むし歯菌

専門的には、Streptococcus Mutans群に属する菌群(ミュータンス菌)とStreptococcus sobrinus(ソブリヌス菌)、Lactobacillus casei(カゼイ菌:乳酸桿菌)が原因金と特定されています。歯面に好んで定着し、糖分を分解して不溶性グルカンというねばねばして水に溶けない糊を産出します。これを用いて強固に歯にこびりつくことができます。歯にふわふわついているあの白いおからのようなプラークがこれで、成分はむし歯菌などさまざまな菌体そのものが7割、グルカンが3割となっています。放置するとさらに硬く歯にこびりつき、バイオフィルムと呼ばれるようになります。こうなると、水にも溶けないし薬剤にもガードが固いのでマウスウォッシュ程度では如何ともし難いことになります。

また、ショ糖の分解の際に酸も産生します。イオン化傾向の差によりカルシウムイオンは酸に溶け、むし歯が成立します。

ちなみに、まだむし歯程度なら罪も軽い、といっては変な話ですが、実はむし歯菌などのStreptococcusというのはα溶血性連鎖球菌(α溶連菌)そのものであり、いわゆる「人食いバクテリア」と呼ばれ致死率の高さから非常に恐れられている溶連菌とたいへん近い親戚関係にあります。何か気持ち悪い話だと思います。

むし歯のできやすい人・できにくい人

よく、「しっかり歯をみがいているのにすぐむし歯になる」とか「あまりまじめに歯みがきしないのに歯医者知らず」などのようなことを耳にします。もちろん食生活や生活習慣は大事ですが、それでもなりやすいと思われる方は、 そもそも

歯が脆い

のかもしれません。

簡単に言うと、同じダメージを受けても、より進行しやすい歯なのかもしれません。
そうならないように予防するには、何を置いてもまずはフッ素の応用です。

さまざまな内科的な条件などによって

唾液分泌量が少ない

というのも、非常に大きなリスクファクターです。

唾液が少ないと歯の表面が洗い流されず、プラークの付着速度が格段に速まってしまいます。
また唾液には、酸性を中性に戻す「緩衝能力」という能力があります。
唾液が少ないと、食後、いつまでたってもお口の中が酸性のままになりますので、どんどん歯のカルシウムが溶け出して、すなわちむし歯になってしまいます。

このような場合には、食後の歯ブラシの後の「重曹うがい」をおすすめします。
薬剤店などで市販されている食品添加物の重曹を小さじ1杯、コップ1杯のお水に溶かし、歯ブラシの後にお口をすすぐだけです。

あるいは

他人よりお口の中のむし歯菌の「比率」が高い

のではないか?ということを疑ってみる必要があります。ご希望の方や、予防管理上必要と思われる方には、専門業者に依頼して唾液検査を行っています。

歯ブラシのタイミング・テクニックに問題がある

このような話をすると、概ね2つの反応に分かれます。

◆ 歯ブラシのやりかたやタイミングに好き嫌いがある
◆ 歯ブラシは今まで嫌いだったし、今後も面倒だ

後のほうでは大変困ってしまいます・・・割合としては中高年男性に多いのですが、むし歯や歯周病の特性を考えたときに、このようなことではこちらも安心して面倒を見切れない、ということになってしまいます。

いっぽう、歯ブラシのやり方に好き嫌いがある、というのは、簡単に言うとゴルフのスイングにクセがあって本人が何が正しいのか分かっていない状態と同じです。
しかし、歯ブラシは趣味や生活習慣ではありません。私に言わせればれっきとした医療行為です。 趣味や生活習慣なら、自己流でもサボっても実害はありませんが、歯ブラシは自己流だったりサボると大きな実害があるのは当然です。

そして、自覚症状がないから大きな実害が出ていない、と自己診断するのもまた大変危険です。

むし歯の進行度と治療

CO~C1

左の図は、歯の断面と、その拡大部分を大胆に簡略化して模式的に示したものです。上の水色のところがエナメル質、中間のパイプのようなものがたくさんある部分が象牙質、下の赤い部分が神経(歯髄)、赤い部分のところに、突起を伸ばした細胞のようなものを象牙芽細胞、とおおまかに分類します。象牙芽細胞自身が知覚を司るわけではありませんが、この細胞の周りに神経の自由週末が多数存在して、外部の刺激を受けとります。

エナメル質は、その98%がアパタイトの結晶が規則正しく並ぶことによってできています。とても緻密で非常に硬いものです。厚みは0~2ミリくらいで生え際にいくに従って薄くなっています。歯のみぞ(裂溝)の部分も当然薄くなっています。

むし歯は、この結晶の進行に沿ってすすむことになりますが、結晶も密ですし、ひびでもない限りなかなか進む隙間もないので、一般には裂溝部をのぞいては、広く浅く進むことになります。

CO について

菌が進む前に、まず酸により、アパタイトの結晶の排列が乱されます。そうすると光が乱反射されて、白身が強く見えます。歯の表面に白い模様やスジがある方の場合がこれにあたります。まだむし歯とは呼びませんが、なりやすい状態です。再石灰化が期待できるので、予防が大事な時期です。

C2

エナメル質を進み切ると、象牙質との境目(エナメル象牙境、EDJ)に到達します。菌にとっては直進するよりも、この境目の方が進行しやすいので、いわゆる中でむし歯が広がった状態になりやすくなります。

象牙質は、骨などと同様に、3割くらいがコラーゲンなどの繊維成分で、これにアパタイトが絡みついたような構造をしています。もうひとつの特徴は、象牙細管と呼ばれる細い管が図のようにに存在し、エナメル質と神経を連絡している点です。この管は歯の知覚と関係があるのですが、これら2点の特徴から、むし歯菌の進行速度は象牙質に到達すると急激に早くなります。このためむし歯はエナメル象牙境とともに、おもに象牙細管に沿って進行します。治療の途中で放置したら急激にむし歯が広がり、あわてて駆け込んだら手遅れだったというのはこの現象のあらわれでもありますが、悔やむに悔やみきれません。

歯の方は、むし歯や知覚などの刺激が加わると、自分を守ろうとして、象牙芽細胞が象牙質の内側に急ごしらえの象牙質を作って防御します。これを修復象牙質と言いますが、象牙細管もぐちゃぐちゃであまり存在しないので、かえって知覚過敏などの防御としては理に適っています。しかしむし歯を放置するといつかは壁が破られ、神経にむし歯菌が到達します。

高齢の方や歯周病の方で、歯の根の部分が露出してしまっている方では、最初から象牙質にむし歯が感染しますのでC2になります。また、右側の図のように、生え際に近いところほど神経までの距離が近いので、予後も不良なことが多いです。

C3

神経の空洞までむし歯菌が到達してしまうと、神経炎(歯髄炎)を起こしてたいていは非常に痛みます。具体的には

熱いものがしみる
何もしないのにずきずきする
走るとひびく
とても痛いが上か下か分かりにくい

などが典型的です。神経のスペースは空洞になっていて、出入り口が非常に狭く少ない閉鎖空間であることが特徴です。手や足などの体の表面を怪我したときなどは、すぐに白血球などの免疫がバイキンを殺してくれて、血小板や成長因子などで傷はすぐふさがります。しかし、歯の神経にはそのような助けはありませんから、ひとたび感染すると化膿したり壊死を起こしたりして助かりません。

このような状態を放置すると、むし歯菌などが根を伝って歯の外まで進み、根尖性歯周炎や骨炎、すすんでは骨髄炎や上顎では歯性上顎洞炎などのリスクもあるので、早めに病巣を除去しなければなりません。

むし歯治療のときは感染歯質を完全除去して食い止めるのですが、神経まですすんでしまうと、感染歯質のほかに神経の空洞全部をトータルクリーニングして防腐処置(【神経と根管治療】を参照)しなければならなくなります。

むし歯のできやすい場所

あくまで一般論ですが、みがき残しをしやすい部位と、ひびや溝など構造的にむし歯菌が進行しやすい部位が、むし歯ができやすい部分といえます。小児では、乳歯の溝と、

5番目の乳歯と4番目の乳歯の間の接点

ができやすい部位です。

成人では、永久歯の接点の間に物がはさまったりひびが入ったりしやすいので、やはり歯と歯の接点が全般的にできやすい部位です。高齢者や歯周病で根が露出している人は、そこもむし歯になりやすい部位です。また、歯ブラシの入りにくいところも当然リスク部位で、

下の一番後ろの歯の内側(舌側)
上の一番後ろの歯の後ろの外側(頬側)

のコーナーは、二大危険地帯です。

治療に際して

先にも述べましたが、むし歯の治療は感染歯質を取り切ることが大前提です。しかし歯みがきも十分できていないような状態でむし歯の処置を行って何かをつめたとしても(例えそれが最新式の接着性樹脂であったとしても)すぐにすき間からまたむし歯になり(二次齲蝕)、もっとひどいことになるのは明らかなので、理論的には意味のないことです。

また私たちプロ(歯科医師・歯科衛生士)は、歯みがきができている人か、みがけていない人か、歯医者の日なので今だけ頑張ったものかなど、一目で見抜いてしまいます。ぜひこの点ご理解いただき、私たちプロをも唸らせる日々のお手入れに少しでも近づけますよう、ご高察よろしくお願いいたします。

また、先に述べたようにむし歯は象牙細管の向きに平行に進みますが、生え際方面などは C2の右側の図のように象牙細管は下に向けて伸びていますので低い方に向けて進んでしまうことが多く、取り切ろうとしても歯肉を傷つけて出血させたりしてしまうリスクがあることもしばしばあります。

こうなっては確実な処置は望むべくもありません。程度にもよりますが、局所麻酔下にて歯肉形態、場合によっては骨形態を整えたり、あるいは矯正的手法で歯を牽引ないしは挺出させて、十分にむし歯の位置を高くしてから確実に処置する、などのやや複雑なステップになり面倒です。

このように、歯には自然治癒力がないので、全部手作業になります。複雑なむし歯はより手間がかかってしまいますが、仕方ありません。こうなった以上は、現実を受け入れなければ更なる破壊が待つのみです。

やはり早め早めの対処や、それを可能にする定期的なメンテナンスが重要になってきます。メンテナンスは歯周病だけではなく、お口のトータルな管理にとってとても大切です。