「むし歯」「歯周病」「力」は歯科疾患の3大要素です。
しかし、「力」も歯科疾患の重大な要素であることは、一般国民レベルではすっかり忘れられているようです。東日本大震災を経て、ようやくテレビでも少しづつ「力(とストレス)」と歯の影響が取り上げられるようになってきました。
◆ 詰めても詰めてもすぐに(特に後ろから)こわれる
◆ 歯周病のせいか歯ならびが出っ歯になってしまった
◆ いつも横の歯や奥歯が冷たいものでしみている
etc・・・
この中には、「力」に対するアプローチをしっかり行わないと治らないものも、少なくありません。
しかしなかなか自分では診断がつきにくいのも力の影響です。
また生活習慣や食習慣とも密接に絡んでいますので、我々もこの点をとくに気をつけて診察しております。
まずは、そのような影響が懸念される方は、そのことを自覚・意識されることが第一歩です。
お口の形は人それぞれで、たとえば顎の長い人のような口元から、おちょぼ口のような口元の方までさまざまです。
これらは顔の個性と思われていますが、我々から見ればたいていは歯ならびや骨格のパターンに過ぎません。
ところで上下の歯のかみ合わせで一般的に言われる必要条件とされるのは次の3点です。
◆ 奥歯でかみしめたときに前歯が紙一重で触れ合わない
◆ そこから片方にずらしたときに反対側の歯が引っかからない
◆ そこから前方にずらしたときに奥歯が引っかからない
実際には、この全てを満たさない方も大勢いらっしゃいます。
しかし全てとは言いませんが少なくない方が無意識のうちにどこかに負担がかかっていることが多く、首・肩の凝り、自律神経失調、偏頭痛などのさまざまな不定愁訴の原因になっていることもよく指摘されています。
人間は二足歩行する唯一の動物です。5kgもの重さの頭を支えるには、全身の微妙なバランス調整が不可欠です。
しかし、歯のかみ合わせが正しい位置で「安定」しないと、全身のバランスに影響が出ます。
たとえば、コットンなどを直径1センチくらいに丸めて、右の奥歯に挟んでしっかりかんでみてください。
右に挟んでかんだときは、頭を左に傾けたほうが楽なはずです。試してみてください。
これは左右だけでなく前後の位置関係にもいえます。
ちょっと姿勢を正すだけで、顎はすっと後ろに下がります。
姿勢を正しながら、顎を前にせり出すのは、かなり首が苦しいはずです。
このようなちょっとしたことで、人間の体のバランスや負担は大きく影響を受けるのです。
残念ながら、部分入れ歯ではかみ合わせがばらばらに沈下して安定しません。また、高さの合わない差し歯やブリッジがあると、かみ合わせは傾いたままです。
あくまでもこれは一例です。
しかし、このような、本来の位置からずれた位置で毎日かんでいるということは、 そのたびに全身を捻ってゆがめているのと同じことです。
首・肩・背中・腰のこり、頭痛などは言うに及ばず、内臓や自律神経、ホルモンバランスのトラブルを引き起こし、冷え性、手足のしびれ、倦怠感、集中力低下、抑うつ症状などの肉体面、メンタル面のさまざまな「不定愁訴」の原因になることも少なくないのです。
全員が必ずそうだというわけではありませんが、歯の治療で全身の不定愁訴が一気に取れて楽になり、元気が出てきた、という報告にも少なからず接します。 つまりその方本来の気力・体力が戻ったわけです。
人間と言うのは、非常に特殊な動物です。
その証拠に、多くの人が、普段は歯が触れ合っている「べきだ」と思っているからです。
「臥薪嘗胆」「漱石枕流」「歯をくいしばって頑張れ」などという言葉があるように、食事以外のときでもそれが正しいと思われている節すらあります。
しかし、多くの研究機関で出た結果では、24時間のうちで、上下の歯が触れ合っている時間の合計は、
◆短いもので数分
◆長いものでも15~20分程度
で、少なくとも残り23時間何十分かは、歯と歯は離れているということがはっきり示されています。
これが夜に頻繁に歯ぎしり・くいしばりをする人だと、歯が触れ合っている時間の合計が急激に2時間3時間と増えます。
さらに昼間も追い討ちをかけるように、仕事中もテレビや携帯、パソコンを見ている間も休んでいる間も、ぎっちり歯と歯をかみしめていたのでは、歯はひとたまりもありません。
哺乳類としてはきわめて異質です。
【1】他の動物はかみしめない
その証拠に、以下に、肉食動物と草食動物の骨格を見てみます。
肉食動物のイヌ(≒オオカミ)やネコ(≒トラ)の歯は、当然鋭利に尖っています。
これでグイグイかみしめたりし続けていたら、当然口を怪我してしまいますので、彼らは普段は歯と歯を離しているのです。
草食動物としては、ウマやシカ、ウシなどが思い出されます。立派な臼歯も備えています。
しかし彼らの顔を思い出してください。「馬面(うまづら)」とも言うように、とても顎が長いです。
咀嚼筋はエラの所にしかありませんから、かみしめ続けていると、テコの原理からも、より大きく疲労します。
そこで彼らも顎をもごもご動かすことで普段は歯と歯は離しているのです。
人間だけが本能を忘れ、学習と推測に頼るようになりました。また顎が極端に短いので、かみしめ続けようとしていると、一応不可能ではありません。
しかしそれでは、顎関節・歯周組織・歯の表面・歯頚部・顎骨などのどこかに大きな負担となって、早晩傷めてしまいます。
他の動物を見ても、人間の歯だけがそのようなくいしばりに堪えられるとは思えません。
【2】歯の寿命は90歳であり40歳でもある
もともと縄文時代の人間の平均寿命は、たったの20年前後でした。
鎌倉時代で30年程度、すすんで江戸~戦前のあたりになっても、まだ40代だったのです。
しかし戦後、おもに周産期医学と高齢者医学の飛躍的な発達により、日本人の寿命はほぼ倍に延長しました。
これは大変結構なことですが、一方で、歯にはとても負担の大きなことなのです。
日本人の生理的平均寿命は80~90年程度ですが、人類の生態的平均寿命は、途上国などを見ても分かるように40年前後だと思われるからです。
歯は、遺伝子的には、特に気を使わずに使っていると、40年より少し早くダメになってしまう程度の強度しか持ち合わせていない可能性が高いのです。
高齢化社会を迎えて、自分の歯は、本来の寿命の「倍持たせる」努力を要求されることになるのです。
【3】危険なタイプの筋運動
筋肉の運動には、等張性(アイソトニック)運動と、等尺性(アイソメトリック)運動という2種類の形態があります。
通常の筋トレなどは、おもりや油圧などの負荷に対して筋肉を動かす運動であり、等張性運動です。
動きはあるけれど、負荷は一定(ないしは弾性係数に比例)という特徴があり、負荷のコントロールが容易です。
歯で弾力的な食物をかみつぶしたりするのは、こちらです。
これに対して、動かないものを押したり引いたりする運動を等尺性運動といいます。
動きはないけれど、負荷の変化が激しくコントロールが困難です。
一定の負荷のつもりでも、ひょんなことで瞬間的に大変大きな負荷がかかる危険があります。
歯と歯のかみしめは、見かけの位置が動かないので、こちらになります。
瞬間的に大変大きな負荷がかかるので、歯にとってはきわめて危険な状態なのです。
【1】【2】【3】については、今までの日本の歯科医院でもマスコミその他でも、ほとんど指摘されてこなかったのではないでしょうか。
これらを考えると、私たちは、病原菌だけでなく「物理的な力」からも、もっと歯を守ってあげないといけないのは明らかです。
これらを怠ると
◆ 歯が磨耗する(アブフラクション・知覚過敏)
◆ 歯がたわんで生え際が欠ける(楔状欠損~知覚過敏)
◆ 歯が割れる(歯牙破折・歯根破折)
◆ 歯槽骨が慢性的な打撲で消失(咬合性外傷)
◆ 打撲などで歯周病が加速する
◆ 顎関節に負担が行く(TCH(歯牙接触癖)→顎関節症)~コチラをClick
など必ずどこかにしわ寄せとしての弊害リスクが格段に上昇します。
そこで大事なのは、「安静空隙」を守る、ということです。
具体的には、食べたり踏ん張ったりしないときは、意図的に歯と歯を1ミリ程度、紙一重浮かせて、歯に重心をかけないようにします。
コツとしては、舌の先を、上の前歯の生え際よりもほんの少し上の歯肉の部分に当てておくようにすると、下顎が安定します。
日常生活でもときどき「安静空隙」を守ることができているかどうか、意識してみてください。
もしくいしばりやかみしめに気がついたら、
◆ 唇を閉じたまま歯をわずかに浮かせます。
◆ 舌の先を、上の前歯の生え際に30秒押し付けます。
◆ 舌を静かに離してみてください。
このような練習方法があります。舌を押し付けているとくいしばりにくいことが分かります。
日常の非食事時に、ふとくいしばりに気がついたら、ぜひ試してみてください。
気づいたときに気長に続けていると、普段は歯をくいしばらないことが普通になってきます。
これだけでも、ずいぶんと歯の寿命が変わってきます。
このように、むし歯や歯周病は大丈夫なようだ、と思っても、安心はできません。
「アブフラクション」「トゥースウェア」 ・・・聞いたことはありますか?
たとえば、前項のような異常な負荷が歯にかかると、歯は生え際を支点にして、サーモスタットのようにたわみます。
そうすると、歯の表面に伸び縮みが起こりますが、歯の表面はエナメル質といって、伸び縮みしない組織です。
とくにもろいのが、歯の生え際付近の、エナメル質の終点の薄い部分です。
ここがたわみに耐え切れず、ポロッと欠けることを「アブフラクション」といいます。
これが、知覚過敏の原因です。
知覚過敏に関しては、院内新聞の2017年10月号[1(リンク)] [2(リンク)] にまとめてありますので、詳細はそちらに譲ります。
また、歯が磨り減る、歯が欠ける、あるいは酸などで、むし歯によらない原因で歯が蝕まれることを総称して「トゥースウェア」とよびます。
管楽器の奏者の前歯部磨耗や「菓子屋齲蝕」、過食嘔吐による胃酸での歯の侵食は有名な話ですが、これらもその一例です。
歯が欠けるくらいならまだましかもしれません。
とくに影響が強い場合、ヘアラインフラクチャーといい、歯に縦のひびが入り真っ二つに割れてしまうこともあります。
過去に歯科経験も一切ない、むし歯でも歯周病でもない人に突如訪れることが多いのも特徴です。
残念ながらこうなったら抜歯です。両隣在歯が健康で歯周組織や内科的に大きな問題がない場合は、とりあえず短期的に一本入れ歯でしのぐか、きちっと再修復する場合にはインプラント修復が必須になります。
現代はストレス社会といわれています。「配偶者の死=100」などと数値化した、社会的再適応尺度評価(SRRS Holmes & Rahe)のことはご存知だと思いますが、200~300点のストレスに1年以上さらされると過半数、300点以上だと8割が翌年何らかの病気になる、という研究結果が出ています。
問題になるのは往々にしてストレスが交感神経緊張過多を引き起こし、血管収縮、発痛物質などのストレスホルモン分泌、免疫力の低下などさまざまな問題を引き起こすことです。
じつは夜の歯ぎしり・くいしばりは、人間がそれらストレスを管理する主要な一方法でもあるとされています。つまり口の中だけに原因を求めるわけにもいかないので、問題は複雑です。
過剰な歯ぎしりやくいしばりをする方で問題になる大きな点のひとつは、作った修復物がすぐ壊れてしまうことです。
あらかじめ危険を見越して、夜用マウスピースを入れることで不正な力からかぶせ物(補綴物)を守ろうと計画することもあります。
目覚ましがなくても決まった時間に起きることができる、という話は誰もが聞いたことがあるでしょう。
この原理を用いて、夜の歯ぎしりを抑える方法もあります。
まず、お休み前に「歯をくいしばったら気がついて一旦目を覚ますようにしよう」などと、なるべくリアルに、歯ぎしりに気がついてハッ!と目を覚ます様子を妄想しながら強く念じます。
不思議なことに、百発百中とは言わないまでも、かなりの人がこれで夜中に歯ぎしりに気がつくことができるようになります。また、歯ぎしりをしている夢を見て、(あっ、これは?)と思ったらやはりやっていた、という例もあります。
ただ、あまりにも頻繁に起きてしまい睡眠不足になってしまっては本末転倒なので、その辺もうまく自分でコントロールして、また寝てしまえばいいでしょう。もちろん夜用マウスピースを併用していただければそれに越したことはありません。
また、「おまじない」の効果には当然大きな個人差があります。とはいえ、長い人生の食生活を考えたら、確実にチャレンジする価値はあるのではないでしょうか。
正しいブラッシングもそうですが、何事も継続は力なりです。