入れ歯のリスク

はじめに

まず入れ歯は、形を補うものなので、分類上は疾病に対する医療ではなく障がいに対するリハビリテーションです。

つまり義足・義手と同じようなものです。

また、土手(歯の抜け落ちた歯肉)の部分が経年的にやせていくので、当然入れ歯があわなくなってきます。個人差はありますが、このように取り外し式の装置は、決して永遠にもつものではなく、通常何回も作り変える必要があります。

入れ歯でアゴがなくなる!

~顎堤吸収

しかし、入れ歯を作り直したときはそれで良いと思っても、 安易にそれを繰り返しているうちに、どんどんアゴがなくなっていってしまいます。 極端な言い方をすると、入れ歯を入れているだけでアゴがなくなっていってしまうのです。

これがどのくらい恐ろしいものか。

下の写真をご覧ください。これは80代の方の写真で、何十年も入れ歯が合わなくて苦労したとのことです。

点線で示したのがアゴの骨ですが、縦線部で示した本来の形が大幅に失われてしまっています。

残り1センチありません。骨折リスクも高く、非常に危険です。しかも、左右の幅は変わらないのに上下の幅だけ縦線部のように大幅に失われてしまっています。

これは何十年も入れ歯がアゴの骨を破壊し続けてきたからです。

部分入れ歯を入れると抜歯になる?!

~咬合性外傷

部分入れ歯ではバネをかけた歯がどんどん悪くなり、次々に抜歯になってしまうので、より大きな入れ歯に作り変えなければならなくなることはよく知られています。

なぜならば、「咬合性外傷」という症状で、どんどん骨が溶けて歯が抜歯になってしまうからです。部分入れ歯にするとこの咬合性外傷が起こりやすくなってしまうのです。

次の例は、そのようなケースのひとつです。

この方は、奥歯のない方です。

入れ歯も合わないので入れたくない、とりあえず今ある歯で差し歯を作ってほしい、とのことでしたので、とりあえずそのようにしました。

2年後に、突然左下の歯が腫れて痛いと来院されました。見ますと、写真でマルで囲んでいる部分が充血して真っ赤に腫れ上がっています。びっくりしてレントゲンを撮ってみたところ、大変なことが判明しました。

中段のレントゲン写真は急患来院時のもので、上の写真はその2年前のものです。

重ねた比較写真で分かるように、たった2年間でマルで囲んだ歯の骨が大きくえぐり取られたようになくなってしまっています。

この歯が奥歯のかわりに無理な力を負担していたからこうなってしまったのです。こうなるともう抜歯です。

とくに後ろ(奥歯)のないタイプの入れ歯ほど危険です

これが「咬合性外傷(こうごうせいがいしょう)」の怖さです。歯に無理な力が継続的にかかったときに急激に起きる骨崩壊で、気がついたときには抜歯という恐ろしい症状です。

じつは、歯はテコの原理で後ろほど力がかかります。昔はこの破壊的な咬合性外傷を防ぐ手立てがなかったので、後ろから順番にどんどん抜歯になって、どんどん入れ歯が大きくなり、ついに総入れ歯、というのがお決まりのコースでした。

「なぜ入れ歯が咬合性外傷を推し進めるのか」という声が聞こえてきそうです。

それについて詳しくは、「インプラント」の項目の「"強靭化"のしくみ」 のページをご覧ください。

このような奥歯のない場合の咬合性外傷を唯一防げるものとして、インプラントがあります。

あなたのお口の基本的人権

また、当然ですが、入れ歯では合う合わないとは関係なく、自分の天然の歯と比べたら機能性の差は雲泥のちがいです。

りんごやフランスパンの丸かじりなど土台無理でしょう。
古たくあんや生あわびなどの美味な食材も、自分の分は相当細かく刻んでからでないと食べられません。「コリコリ」「サクサク」「ガリッ」といった歯ざわりは、とくに和食の大きな醍醐味ともいえるものですが、残念ながら土手(歯肉)ではそれは分かりません。干物のような腰のある硬いものはもう何年も食べていません。

お手入れも大変面倒です。

食事中は食べかすがすぐにはさまるので、外食などでも周囲に内緒でこっそり化粧室に入れ歯を洗いにいかなければなりません。また毎晩外してブラシで洗い、コップの水などに漬けておかなければならない不便さは多くの患者様から不満の出るところです。

面倒くさがって外さないまま寝ていたりするとあっという間にバネのかかった歯がむし歯や歯周病になってしまいます。

女性の方ですと、口元から入れ歯のバネが見えたりするのは、非常に恥ずかしいものです。

また、バネの周囲は大変汚れやすく、義歯性の口臭もかなり問題視されています。口臭はまた非常にデリケートなものでもあり、気がついた方もなかなか本人に口臭をお伝えしにくいというやっかいなものです。そのくせに、自分自身の口臭はほぼ自分では分かりません。

じつは使用中の入れ歯に不満を持つ人がなんと、日本では約2000万人もいると言われています。これは糖尿病とその予備軍を含めた患者数に匹敵する数字です。しかし、入れ歯は命に直結する問題ではないために軽視されがちなのです。

そのせいか、現在、入れ歯安定剤の売上高が年間百億円を突破しています。「歯医者はもうたくさんだ」ということなのか、歯科医院に行くかわりに、ドラッグストアーで入れ歯安定在を買い求める人がいかに多いかが分かります。

不思議なことに、そんなに需要の高い入れ歯安定剤ですが、歯科医院にはなぜか置いてないことが多いのです。まあさすがに先生も負けを認めたような気になっていい気がしないのでしょう。

こんなに問題が多いのに、なかなか取り外しの入れ歯のトラブルが減らないほんとうの理由は、行政が健康保険で認めてしまっているからです。

今さら「入れ歯は一応保険が利くけど問題が大変多い」などと本当のことを、保険の元締めの厚生労働省自身が言うわけにはいきません。

国民「歯が抜けても入れ歯があるから大丈夫」
行政「入れ歯は長持ちしません。作り変えが必要です」
行政「入れ歯は歯がどんどん抜歯になって入れ歯が大きくなります」
国民「なら何がいいんだ?」
行政「インプラントですが、保険は効きません」
国民「何だと?高い保険料を取っておいてその答えは!」

無謬性にこだわる官僚がこんな正直な回答をするわけはありませんが、事情を良く知らない側は(歯がだめになっても入れ歯があるから大丈夫)などとつい油断し、いざ入れ歯になった段階で「しまった」「かめない」と後悔してももう遅い、というのが、私が卒業以来経験してきた、多くの入れ歯の偽らざる実態です。

また、もう何十年も入れ歯を作り変え作り変えしていると、食材の本当の味や歯ごたえの感覚すでに失ってしまっている方も多くおられます。

まさにこれは「おいしいものをしっかりかんで食べる」「取り外さなくてもよい」という人間が本来受けてしかるべき権利が何物かに妨げられてしまっている状態なのでしょう。あまりにももったいない話です。

人を幸せにしない「ポケットデンチャー」

先生は保険の制約の範囲内で一生懸命入れ歯を作ったかもしれませんが、それでもなかなかなじまないことが多いです。 あまり大きくない入れ歯の場合は、なくても何とか食べられてしまうことも少なくないので、ついつい、外している時間が長くなってしまいます。

そうすると、自分の歯が少し動いてしまいます。歯がほんの少し動いただけで、入れ歯のバネは入らなくなってしまいます。

結局入れ歯を使用しなくなり、しまいこんだまま、となってしまうのです。「いちいち歯医者に行って修理してもらうのも面倒だし」これを「ポケットデンチャー」といいます。

患者様もいい気持ちがしないでしょうし、技工所の努力やコバルトクロムなどの金属資源も無駄になり、誰も幸せになりません。

しかし、入れ歯を使い続けていると入れ歯による固定作用で歯の位置は動かないとはいえ、バネのかかる歯がどんどんダメになって行くリスクが上昇します。

このようなことが、日本各地で人知れず起こっているのです。これは入れ歯が上手い下手、という問題ではなく、取り外し式の入れ歯そのものが持つ本質です。

まれな幸運に恵まれないと、このように満足にお口にすら入れられません。

仮に幸運に恵まれても…最終的に行き着く先は総入れ歯です。
総入れ歯を入れていると、アゴの骨がどうなるか…

入れ歯で魂がなくなる?!

これは関係者は誰も口にしませんが、私が常々感じているところです。

確かに個人差はあるとはいえ、とくに総入れ歯で顕著なのですが、かなりの割合の方が思考や言語がいっきに老化してしまい、独特の生気が失われたような

 ふにゃふにゃしたしゃべり方
 短いフレーズ
 とぎれとぎれの構文
 省略されがちで不明瞭な語尾

などの特徴が無自覚にあらわれてくることが多いのです。

これは、入れ歯が不便でそうなってしまう部分もあります。しかし、入れ歯=歯がなくなる、ということは、生物学的には大変なことなのです

母親のおなかの中の胎児で一番最初にできる臓器は、口です。これはどの動物も同じです。ですから歯や口は生物の根源的な情動、生きる力と密接不可分なのです。

人間は「火」と「料理」という文明を獲得しました。だから歯がないことの恐ろしさを忘れているのです。

たとえばライオンなど野生動物は、歯を1本失うことがすなわち命取りです。一週間で死んでしまいます。野生動物でも、目が見えない、耳が聞こえない、足が1本ない、などのハンディキャップは、リカバーして生き延びることができます。しかし歯だけはそうは行きません。

もちろん、人間といえども歯がないことがノーダメージではありません。脳に対して「しっかりかんだ」という刺激や信号が行かないと、その人の根源的な情動、つまり「魂の息吹」が大幅に抑制されてしまうのです。

歯が常に喜怒哀楽とともにあるというのはこういうことなのです。ですから自分の歯がない人が上述のように「生気が失われて」くるのは、「魂が死に体」に近づいているからのように感じられてなりません。

しかしわが国では「悪くなっても」「気軽に保険で」「抜いて入れ歯」で「大丈夫」ということになっています。これは大変危険な発想です。